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重賞ウイナー・データファイル

シンザン世代(1961年生まれ)以降の、 平地重賞勝ち馬、GⅠ(級)2、3着馬、 JpnⅠ、交流GⅠ勝ち馬、J.GⅠ勝ち馬及び それに伴う種牡馬のデータです。Since 2018.04.11

2022/3/1 Vol.11「藤沢和雄調教師引退」

管理人のひとりごと

Vol.11


2022/3/1                           藤沢和雄調教師引退

 一昨日の2月27日の競馬を最後に藤沢和雄調教師が引退した。

 藤沢さん、若々しいしまだやれるだろう。一律70歳定年ってどうなの?と、思ってしまう。

 藤沢調教師の開業が1988年で初重賞勝利がシンコウラブリイの1992年。
私管理人が初めて馬券を買ったのが1990年で本格的にのめり込んだのが1991年なので、
藤沢和雄調教師が若手の頃の競走馬から見る事が出来たのは幸運だったと思う。

 私が競馬を始めた頃には既に西高東低だった。
施設の格差、水質の違い、競馬場までの輸送時間、距離の近さ、持ち乗り制度など柔軟な発想力の差、
栗東全体で盛り上げていこうという厩舎スタッフの雰囲気の差など原因は複合的なものなのだろう。
1993年、美浦に坂路が出来た時、伊藤雄二調教師が「美浦が栗東に追いつくのは10年はかかる」と言っていて、当時私は「冗談じゃない」と思ったが、現在も差は縮まっていない。

 競馬に東西は無いという意見もあるが、現在東京に住んでいるものとしては、やはり寂しい。
競馬を始めた1年目は私が福岡出身ということもあり、何となく関西馬を応援していたが、
翌年から新馬戦からレースを見る様になると、関東馬を中心に見る事になるので、やはり関東馬を応援したくなる。(当時は関西のレースの放送はメインくらいしかなかった)
馬券が当たっても関西馬が勝つとモヤ~っとしたのが残ったものだ。

 そんな中、藤沢和雄調教師だけが、栗東の厩舎に対抗できる存在だった。希望の星だった(大袈裟)
「関東馬が勝てないのを、施設のせいにしちゃいけないよ」と、結果で証明した調教師だった。
伊藤雄二調教師とのライバル心むき出しの掛け合いも面白かったなぁ。
最近は国枝栄調教師との漫才(?)も楽しませてもらったな。

 育てた名馬は枚挙に暇がない。
特に好きだったのは初重賞、初GⅠ勝ちをあげたシンコウラブリイかな。
POGではレイデオロ、グランアレグリア、コディーノなどで重賞を勝ってもらい楽しませてもらった。

 今回の引退は「お疲れ様でした」というのと「もう少しやってもらいたかった」というのが混在していて、ひと言でいえば「寂しい」という感情が強い。
今日入った情報ではJRAのアドバイザーに就任したとのこと。
これからも競馬界のために見守って、どんどん意見してもらいたいね。

藤沢和雄調教師、長い間お疲れ様でした。ありがとうございました。


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